大切にしていること-1。デザインしすぎないこと。

「simple is best」
グラフィカは、私の師匠の代から数えて約50年程、各種デザインの仕事をさせて頂いてきました。
(クライアント企業の皆さま、いつもありがとうございます。)
その50年間の半分くらいを自分の目で見てきましたが、
デザインの心は変わらずとも、考え方、手法、媒体は、想像を絶する大きさで変化しました。
いま、この時代にデザイン会社の代表として、一(いち)デザイナーとして、大切にしたいな、と思うことは、
一つは「作法」という日本の世界観です。作法とは、別の言い方で「伝統の踏襲」です。
そのために必要なことは、自身の表現技術を磨くことより、まず学習が先です。
意匠設計(デザイン)は純粋芸術ではありません。伝統もなにも知らずに意匠設計などできないのです。
日本の意匠はきっと、長く続く伝統文化の上に成り立っているのです。
だからこそ、伝統の美に心を留めなくてはなりません。
デザイナーは仕事を通じて社会にモノを残してしまう以上、
安直で純粋芸術的な「感性」というものだけで仕事を完結してはいけないと...。
ですから「デザインをしすぎない」という意識を持つことも大切だと思います。
多くのモノは、いずれみっともなく風化してしまいますので、わざわざ個性的なデザインを施さなくていいものもあるのです。
ありのままでいいものは、尻までいいません。
デザイナーは、社会に責任を持つものだと教わりました。
「表現すること」は正しいことでしょう。しかし所をわきまえることが鉄則です。
最近は「ところかまわず」のデザインを目にすることが多くなりました。
すべてのモノの中に特定のデザイナーを感じることが必要なのでしょうか。
「愛すべき美しいモノたち」の中に、だれかの体臭は欲しくないと私は思います。
芸術や文芸の作品は、作者の排泄物だ、と言った人がいます。腑に落ちる表現だと思います。
私たちはできれば、生活に自然にとけ込むような、居心地のいいモノたちを作りたい。
そんなふうに考えています。
◎
さらに言えば、私はカリスマバイヤーとやらが言う、「良いデザインとは、即ち売れるデザインである。」
という乱暴な発想には反対です。
いま、デザインの表現はコンピュータツールにより無限大化したように見えます。
いいのか悪いのかわかりませんが、デザインはそれによって、大きく裾野を広げました。
そんな中でも私たちはプロのデザイナーです。道具は道具ですし、オペレーションはオペレーションです。
DTPオペレーション作業とデザイン作業はもともと違うものです。
(デザインという言葉は「設計すること」を意味するのですから。)
だから、自らに問いただすのは、作業を越え、よく考え、
自己満足に陥らず、正しいデザインをしていきたい。
ユーザーにとって、クライアントにとって、そして社会にとって、
同時にデザイナー自身にとって、幸せな仕事...。それを続けていきたいと考えています。
デザインとは「売るためのツール」でもありますが、そんなに簡単な物ではありません。
デザインとは、人の心を豊かにする道具。
そんな気分で今日もデザインに取り組んでいます。
駄文をお読みいただきまして、誠にありがとうございます。
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